今日(3月16日)ライブドアの堀江貴文の判決がありました。不正経理で、投資家を欺き多大な損害を与えたものです。懲役2年6ヶ月は妥当なのでしょう。彼を信じた多くの株主は痛恨の思いをしたことでしょう。かように、組織の運営責任者は非常に重い社会的責任を負っているのです。これは今の我々の常識でしょう。
日本を破滅に導いた、一連の戦争の責任も同じように考えるべきではないでしょうかね。軍人が私利私欲をはかったかどうかは分かりません。だけど、間抜けな戦争追行計画で、しかも秘密警察や、憲兵などを動員して反対の声を押さえ込み、何百万の国民の命を失わせ、国土を焦土としてしまったことは、堀江さんの犯罪とは比べ物にならない重いものでしょう。それでも、革命でも起こさない限り、前の統治権者を刑罰に持ち込むことは出来ないのです。連合国が日本国民に代わり裁いてくれたというのが実情でしょう。でも本来は、被害者たる日本国民の手で、論理で裁かなければならなかったことだと思います。
そういう戦争責任を棚上げにして「一億総懺悔」とか言う言葉をいったい誰が持ち出したのでしょう。この意味は戦争責任は、天皇から一番したの国民まで、みんなの連帯で負うべきだということなんでしょうが、反対の意見を言うことさえ禁じられていた国民にそんな責任があるはずも無いこと明らかでしょう。これは、主計将校で終戦を迎えた後藤田正晴という、田中角栄の懐刀といわれた人が述懐していたことです。まったく同感です。会社の役員でも、馬鹿な経営をして株主などに損害を与えれば、断罪されるのです。
そんな犯罪人まで、靖国神社に合祀され、結局あの戦争は国民みんなが悪くて、みんなが被害者だというような風潮が作られているのです。赤紙で駆り出され、戦死してしまった人たちが靖国神社に祀られるのは当然でしょう。それでも、戦争犯罪人まで合祀してしまったのは、やはり政治的意図があったと思わざるを得ません。昭和天皇という人は、戦争が、身近なところで決定され、遂行されていくのをつぶさに観察していました。それらに対してあまり文句を言える立場ではなかったのでしょう。彼は、建前は日本でただ一人の主権者だったのでしょうが、実際はイギリスの立憲君主をモデルに養成されたのですから。だから、靖国に戦争犯罪人どもが合祀されて以後、参拝しなくなりました。 ちなみに、天皇を絶対権力者として、また現人神として奉るようになったのは、古代のことは別として、伊藤博文の発案だったそうです。西洋の国々は、キリスト教という、精神的支柱があったのであれだけ発展したのだ、わが国にそれに見合うものは、天皇しかない・・。つまりひとつの一神教を擬製したのだということだそうです。天皇様にとっては迷惑きわまることだったのかも。
今、皇室はひとつ転機に差掛かっています。がんじがらめの制度の中で、お妃様たちの葛藤は想像を絶するものなのでしょう。美智子様や、雅子様がとてもいたわしく思われてなりません。いっそ馬鹿のほうがよかったのでしょう。 とりとめの無い話になってしまいました。
日本を破滅に導いた、一連の戦争の責任も同じように考えるべきではないでしょうかね。軍人が私利私欲をはかったかどうかは分かりません。だけど、間抜けな戦争追行計画で、しかも秘密警察や、憲兵などを動員して反対の声を押さえ込み、何百万の国民の命を失わせ、国土を焦土としてしまったことは、堀江さんの犯罪とは比べ物にならない重いものでしょう。それでも、革命でも起こさない限り、前の統治権者を刑罰に持ち込むことは出来ないのです。連合国が日本国民に代わり裁いてくれたというのが実情でしょう。でも本来は、被害者たる日本国民の手で、論理で裁かなければならなかったことだと思います。
そういう戦争責任を棚上げにして「一億総懺悔」とか言う言葉をいったい誰が持ち出したのでしょう。この意味は戦争責任は、天皇から一番したの国民まで、みんなの連帯で負うべきだということなんでしょうが、反対の意見を言うことさえ禁じられていた国民にそんな責任があるはずも無いこと明らかでしょう。これは、主計将校で終戦を迎えた後藤田正晴という、田中角栄の懐刀といわれた人が述懐していたことです。まったく同感です。会社の役員でも、馬鹿な経営をして株主などに損害を与えれば、断罪されるのです。
そんな犯罪人まで、靖国神社に合祀され、結局あの戦争は国民みんなが悪くて、みんなが被害者だというような風潮が作られているのです。赤紙で駆り出され、戦死してしまった人たちが靖国神社に祀られるのは当然でしょう。それでも、戦争犯罪人まで合祀してしまったのは、やはり政治的意図があったと思わざるを得ません。昭和天皇という人は、戦争が、身近なところで決定され、遂行されていくのをつぶさに観察していました。それらに対してあまり文句を言える立場ではなかったのでしょう。彼は、建前は日本でただ一人の主権者だったのでしょうが、実際はイギリスの立憲君主をモデルに養成されたのですから。だから、靖国に戦争犯罪人どもが合祀されて以後、参拝しなくなりました。 ちなみに、天皇を絶対権力者として、また現人神として奉るようになったのは、古代のことは別として、伊藤博文の発案だったそうです。西洋の国々は、キリスト教という、精神的支柱があったのであれだけ発展したのだ、わが国にそれに見合うものは、天皇しかない・・。つまりひとつの一神教を擬製したのだということだそうです。天皇様にとっては迷惑きわまることだったのかも。
今、皇室はひとつ転機に差掛かっています。がんじがらめの制度の中で、お妃様たちの葛藤は想像を絶するものなのでしょう。美智子様や、雅子様がとてもいたわしく思われてなりません。いっそ馬鹿のほうがよかったのでしょう。 とりとめの無い話になってしまいました。